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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2985号 判決 1997年12月03日

主文

一  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

「1 被控訴人は、控訴人に対し、金五一四九万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 控訴人のその余の反訴請求を棄却する。」

二  控訴人のその余の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用(本訴、反訴とも)は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  被控訴人は控訴人に対し、金一億〇二九九万円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり当審における当事者双方の主張を加えるほかは、原判決書「第二 事案の概要」(原判決書三頁五行目から一八頁七行目まで)と同一であるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の主張補充

1  商品先物取引の監督官庁である農林水産省及び通商産業省は、昭和六三年一二月二六日に、「商品取引員の受託業務の適正な運営の一層の確保について」と題する共同通達を出した。その上で、農水省の場合は、取引開始三か月未満の委託者保護のため、委託者の売買状況の点検、指導等のためのチェックシステムを設け、通産省の場合は、売買状況に関するミニマムモニタリング(MMT)と称し、一定の条件に該当した取引員についてのみ、新規参入者の委託売買の状況等について農水省の場合とほぼ同じチェック項目について報告させることとして具体的な行政指導をしている。右の行政指導は、従来から多発していた商品先物取引に係る被害に対処するために、その未然防止のため特に新規委託者保護を強化することに目的があると考えられる。

2  農水省の導入したチェックシステムの内容は次のようなものである。

① 売買回転を月間三回以内にとどめる。

② 特定売買の比率を全体の二〇パーセント以内とする。

特定売買とは、次の取引形態をいう。

イ 買い直し売り直し=建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に売り直し又は買い直しをすること。

ロ 途転(どてん)=建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行う。

ハ 日計り(ひばかり)=新規に建玉をして、同一日内に反対売買により仕切ること。

ニ 両建玉(りょうたてぎょく)=建玉に呼応させて反対の建玉を行うこと。

ホ 手数料不抜け=売買取引で利益が発生しても委託手数料を差し引くと損となること。

このイ〜ホを特定売買としてチェックする理由は、業者が従来これらの手口を駆使して、委託者の利益を犠牲にして業者の手数料稼ぎに利用したトラブルが多発する傾向にあったため、これらをチェックする必要があることによる。

3  本件取引を右のチェックシステムにあてはめると次のとおりとなる。

なお、右のチェックシステムは、取引開始後三か月未満の新規委託者のためのものであるが、控訴人は、身体障害者、長期療養者として長年にわたって社会生活をしていないから、一般の新規委託者より一層保護すべきであり、本件取引開始後三か月である平成二年一一月一七日を超えて本件取引が終了した平成三年二月八日までが保護期間内と解すべきである。

① 売買回転率

本件取引がされた平成二年九月二五日から平成三年二月八日までの約四か月半の間に、少なくとも四一回の売買がなされているから、一月平均9.2回となる。チェックシステムで指導基準となるとされている数値の三倍強にもなる。

② 本件取引における特定売買は次のとおりである。

イ 買い直し売り直し=〇回

ロ 途転=一三回(平成二年一〇月五日、二六日、一一月一一日、六日、八日、九日、一五日、三〇日(三回)、一二月七日、一一日、一四日)

ハ 日計り=〇回

ニ 両建玉=一三回〔原判決添付売買一覧表整理番号七(一〇月二日)、八(一〇月二日)、九(一〇月二日)、一一(一〇月一六日)、一三(一〇月二六日)、一六(一一月五日)、一七(一一月六日)、三二(一一月三〇日)、三三(一一月三〇日)、三四(一二月五日)、三九(一二月二五日)、四〇(一二月二八日)、四一(一月一七日)〕

ホ 手数料不抜け=一回(平成三年二月一八日)

右のとおり特定売買は合計二七回であるが、途転と両建が三回重複しているので、これを差し引くと、特定売買は二四回となる。本件の合計売買回数四一回に占める特定売買二四回の占める比率は約五九パーセントとなる。これもチェックシステムで指導基準となるとされている数値二〇パーセントの約三倍にもなる。

このように、監督官庁の定めたチェックシステムに即しても、被控訴人の本件取引の異常な過量性、勧誘の違法性が裏付けられる。

二  控訴人の補充主張に対する被控訴人の反論

チェックシステムは、形式的には農水省の商品取引所に対する通達に基づくものであるが、実態は各商品取引所が会員の自治規律として実施するものであり、取引開始後三か月未満の委託者を対象として、取引員のABCの評価を行う手法を定めたものである。農水省としてはこれを規制措置としての位置付けはしていない。

そして、特定売買比率については、農水省が、全体の二〇パーセント以内とする指導を行うという決定をしたことはない。特定売買比率についてはあくまで当該取引員と取引開始後三か月未満の委託者について全体でみた比率により、取引員の総合評価の目安、ランク付けの判定材料とするものであり、個別(各委託者別)の口座管理に関しては、ケースバイケースの問題としてこのシステムによる評価においては不問とすることとされている。個別の委託者の売買取引による特定売買については、市場の動向に左右されるものであるから、特定売買に該当するような売買形態があっても、個々の特定売買そのものの是非を論じるものではなく、また個々の特定売買の結果が益となるか損となるかによってその適否を論じるものでもない。チェックシステムで排除を意図している具体的個別的ケースは、担当官により、「先物取引のむつかしさとわかりにくさに十分精通していない委託者が、取引を行った結果、取引開始直後の若葉マークの段階で多大な損失が生じた場合」だけであると述べられているとおり、この制度は、取引開始後三か月未満の新規委託者を「若葉マーク」の段階とし、その後の取引については委託者が自分の判断と責任において行うべきものとして対象外としているのである。なお「若葉マーク」の段階であるからといって、「特定売買」に該当する取引によって生じた損失の責任が取引員またはその従業員に転嫁されるとの趣旨でないことは論をまたない。

チェックシステムの意義は右に述べたとおりのものであり、控訴人が主張するように個々の取引につき特定売買比率を二〇パーセント以下にとどめるとか、売買回転率を月間三回以内にとどめるとかいうことを目的としているものではない。そもそも、特定売買比率を二〇パーセント以下にとどめるとか売買回転率を月間三回以内にとどめるということに何らの合理性もない。農水省や通産省はこのような決定をしたことも、通達を出したこともない。

第三  争点に対する判断

一  前記「争いのない事実等」(原判決書四頁四行目から七頁三行目までに記載の事実)に加え、証拠(甲一ないし四、五及び六の各一ないし三、七の一及び二、八の一ないし五四、九の一ないし六、一〇ないし一二、一三の一及び二、一四、一五、乙一ないし四、五の一ないし一一、六ないし一一、一二ないし一四の各一・二、一七、一八、一九、四一、原審における証人中山好史、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和三年三月二五日生まれで、中学夜間部を中退し、その後東武鉄道の雇いになって客貨車掛り等を勤めていたが、同二三年肺結核に罹り、同二四年肋骨を六本切除するなどして療養生活を送り、昭和三九年に退職した。昭和二八年ころ長谷川岱子と結婚し、一男一女をもうけたが、生活は、竹の塚駅前で岱子の営む美容院が繁盛したため、控訴人は外に働きに出ることはなかった。昭和四八年胃潰瘍のため胃を切除し、同五五年五月二九日第二種身障者四級の認定を受け、その間入退院を繰り返し、現在も気管支拡張症、呼吸機能障害、右肩、左肘機能障害により加療中である。控訴人は、昭和四四年六月ころ妻岱子と別居し、同四六年九月からは内妻谷地トモと同居をはじめ、同女との間に長女(昭和五四年九月生)及び二女(同五九年一二月生)をもうけた。現在も無職で、年金と内妻の収入等で生計を立てている。控訴人と岱子は同居期間中、岱子の得た収入と逗子の土地を売却した金を運用するなどして相当の資産を蓄積したが、別居に際し、岱子は美容院の土地建物を取得し、控訴人は預貯金を取得することで合意した。そして控訴人はその後NTT株の売却益で任天堂株一〇〇〇株を購入し、それが無償増資で三〇〇〇余株になるなどの幸運もあったため、平成二年ころには約一億円の預金と約六〇〇〇万円相当の有価証券を有していた。しかし、控訴人は、株式取引については前記のNTT株、任天堂株のほか二、三の銘柄について取引経験があるのみで、株の信用取引及び商品先物取引の経験はなかった。

2  控訴人は、平成二年初めころから、株価の下落やインフレによる預金の目減りの不安を漠然と感じていたが、同年八月六日ころイラクによるクエート侵攻が行われ、多くの銘柄の株式が値下がりしたことから、直感的に金であれば値が安定しているのではないかと考え、訴外三井物産フューチャーズ株式会社(以下「三井物産フューチャーズ」という。)に金の取引について問い合わせをしたことから同社の営業外務員小野らに勧められて、同年八月一七日から金の先物取引を開始した。同日、控訴人は、小野に証拠金用として多めの一〇〇〇万円を渡し、金の買付先物五〇枚(一枚二〇八万二〇〇〇円、総約定値段一億〇四一〇万円)を購入した。その際、控訴人は小野から三井物産フューチャーズ発行に係る受託契約準則及び商品先物取引委託のガイド(乙一二の一及び二)を受領した。その後、控訴人は八月二〇日、更に金の先物五〇枚(買付)を追加購入した。しかし、その後金先物は値下がりし、控訴人は追加証拠金(以下「追証」という。)として七八万円を請求され、三井物産フューチャーズに一〇〇万円を送金した。ところがその後も金の値下がりは続き、控訴人は、追証として同年九月三日に五三三万円、同月六日と一七日にそれぞれ各五五五万円を請求され、これらを三井物産フューチャーズに送金して支払った。その後、控訴人は、三井物産フューチャーズの担当者から金の価格が反転上昇傾向にあるからとして再び金の買付先物の購入を勧められ、九月一八日に二〇枚、同月二五日に三〇枚の金の買付先物を購入し、この間三井物産フューチャーズに更に一八八三万円相当の任天堂株(一〇〇〇株)を交付し現金一一一〇万円の返還を受けた。

3  一方、控訴人は、右取引のため一か月足らずの間に四〇〇〇万円近い現金、有価証券を注ぎ込むことになって担当者らに説明を求めても応じてくれないため、三井物産フューチャーズの取引のやり方に不安を感じていたところ、同年九月二二日、新聞広告で商品取引業者である被控訴人を知り、被控訴人の千葉支店に電話して、先物取引の資料を請求した。同支店の村山は、その日のうちに商品先物取引委託のガイド(甲三、三井物産フューチャーズから受領した乙一二の二の商品先物取引委託のガイドと同一内容のもの。)を控訴人宅のポストに届けた。控訴人は村山の態度に好感を持ち、同月二五日、村山を自宅に呼び、三井物産フューチャーズとの取引経過等を説明して対応を相談した。村山は商品先物取引の仕組み等を説明し、控訴人が三井物産フューチャーズにおいて金の価格の高い時に買付けし値下がりした状況であるから、反動で上がることがあるとの見通しを述べ、新たに被控訴人との金先物取引を開始して三井物産フューチャーズとの取引によって生じた損失を回復する方法を勧めた。控訴人は右の勧めを納得した上、村山から受託契約準則(甲二)を受け取り、約諾書(甲一)を差し入れて被控訴人との本件商品先物取引委託契約を結び、被控訴人との間でも取引を開始することとした。控訴人はその際、アンケート(甲四)の職業欄に「鉄道評論」、年収欄に六〇〇万、資産状況欄に現金預貯金一億五〇〇〇万円、有価証券六〇〇〇万円と記入し、更にアンケート質問項目に答える形で、商品取引の経験あり、二か月位、取引の仕組みやルール、委託追証拠金等を必要とする場合があることは理解している、担当者の相場観は必ずしも確実でないことは知っている旨の回答をした。そして、控訴人は村山の勧めに従って同日、直ちに金の買付先物五〇枚を購入した。

4  翌二六日朝、被控訴人の調査部所属の石田弘美は、控訴人に対し新規委託者のための電話調査をしたところ(甲一四)、控訴人は前日二五日に五〇枚の買付注文をしたことを確認し、追証のあることや元本保証のないことなどは理解している旨回答した。控訴人は折り返し同日午前一一時ころ、被控訴人調査部石田弘美に電話して、取引の上限として余裕資金の何パーセント位が適当であるかと問い合わせたり、金の値動きについて自らの見立てを述べて打診をする等の会話をした(甲一〇)。石田は、その後千葉支店の村山に対して、「経験者ではあるが、期間二か月と短期間につき、再度当社で仕組み等を勉強してもらい、枚数についても急速に増やさない様注意を払うこと」を指示した(乙八)。

5  控訴人は同年九月二六日午後、村山に電話をして、自ら積極的に三〇枚の買いの追加注文を出した(甲一一の七枚目)。村山は、同日夕刻、上司で被控訴人千葉支店の次長である中山好史を伴って控訴人宅を訪ねた。中山は、これまで多くの顧客に儲けさせてきたことや三井物産フューチャーズは控訴人に一番の高値つかみをさせた旨を述べ、控訴人も、三井物産フューチャーズの担当者と比べて中山は経験豊かに見えたので、以後中山を全面的に信頼して取引することとした。

中山は、翌二七日に更に一〇〇枚の買付を勧めたので、控訴人はこれに応じた。これを含め、九月二五日から二七日までの三日間で控訴人は被控訴人との取引を通じて合計一八〇枚の買い建玉を有することになったが、一〇月二日になって中山から、金価格が下がる気配がありこのままだと多額の追証が必要となる恐れもあるからと、両建てを勧められ、中山の勧めに従い、一八〇枚の売建てをした。

このようにして、取引開始の九月二五日から一〇月二日までに控訴人が被控訴人千葉支店を通じて行った建玉の状況は、次のとおりである(以下「整理番号」は原判決別紙売買一覧表記載の整理番号を指す。)。

整理番号1ないし3 九月二五日買い 五〇枚

4 同月二六日買い 三〇枚

5、6 同月二七日買い 一〇〇枚

7ないし9 一〇月二日売り 一八〇枚

6  その後控訴人は中山を通じて、更に次のような建玉をした。

整理番号10 一〇月五日買い 五〇枚

11 同月一六日売り 一〇〇枚

12 同月一九日売り 五〇枚

13 同月二六日買い 五〇枚

14、15 一一月一日売り 一〇〇枚

16 同月五日買い 五〇枚

17 同月六日買い 二五枚

18、19 同月八日売り 七五枚

20、21、22 同月九日売り 五〇枚

23 同月一三日売り 三〇枚

24 同月一四日売り 三〇枚

25 同月一五日売り 三〇枚

26 同月一六日売り 三〇枚

27 同月二〇日売り 五〇枚

28 同月二一売り 三〇枚

29、30 同月二二日売り 六〇枚

31 同月二六日売り 八〇枚

32、33 同月三〇日買い 一九〇枚

34 一二月五日買い 三〇枚

35、36 同月七日売り 六〇枚

37 同月一一日売り 三〇枚

38 同月一四日売り 三〇枚

39 同月二五日買い 一〇枚

40 同月二八日買い 一〇枚

41 (平成三年) 一月一七日買い一〇枚

7 そして、控訴人は、その間、原判決別紙入金表記載のとおり、平成二年九月二五日から同年一二月六日までの間一〇回にわたり、合計一億〇二九九万円を委託証拠金として被控訴人に預託した。そして、これらの買建玉及び売建玉の仕切りの結果、平成三年二月一八日の時点において原判決別紙売買一覧表記載の「損益の精算状況」記載のとおり、帳尻差損金(立替金)は七八二六万二五〇六円となった。被控訴人は、平成四年九月一一日、控訴人から預託を受けていた委託証拠金の残額七二八一万六八五五円をもって帳尻差損金の弁済に充当したが、なお五四四万五六五一円の差損金が未払金として残った。

8 なお、控訴人は、2に記載のほかにも、三井物産フューチャーズを通じて平成二年一〇月八日に五〇枚の売建て、一〇月一六日に一〇〇枚の売建てを行う取引をしていたが、中山のアドバイスもあって取引を被控訴人一本に絞ることにし、一〇月二六日以降一一月九日にかけて三井物産フューチャーズを通じての建玉をすべて仕切ることにし、その結果約六二三四万円の損失を生じた。

9 被控訴人から控訴人に対しては、取引の都度「委託売付・買付報告書および計算書」(甲八の一ないし五四)が送付され、また毎月一回定期的に「貴口座現在高照合ご通知書」(甲九の一ないし六)で委託証拠金の預り高、建玉の状況、値洗損益額の状況などが通知されていた。

二  被控訴人の控訴人に対する差損金請求について

以上に認定した本件取引の内容と、控訴人は証拠金に充てるべく多額の金員を一〇回にわたり被控訴人に交付ないし振込送金していることに照らせば、控訴人としては本件取引が控訴人に帰属すること自体の認識はあったものというべきであり、本件取引の私法上の有効性は優に認められるから、被控訴人の控訴人に対する本件差損金の請求は理由がある。控訴人は、本件取引の一部は無断売買であったかのような主張をするが、前記のような証拠金の交付ないし振込状況や、一の9に認定したように、被控訴人から控訴人に取引の都度「委託売付・買付報告書および計算書」などの書類が送付されており、控訴人が被控訴人に対してこれらの全部または一部につき無断売買であるとの抗議を示した形跡がないことなどに照らし、右主張は採用することができない。

三  控訴人の被控訴人に対する、不法行為に基づく損害賠償請求について

1  不適格者排除原則の無視について

商品先物取引は、少額の証拠金(本件では約二〇分の一)で差金決済による多額の取引を可能にする極めて投機性の強い取引であり、一枚当たりの金額が大きく、僅かな単価の変動により予想を超えた莫大な損失を生じる危険性がある。そのため、かねてから年金生活者、母子家庭該当者、長期療養者、身体障害者、主婦など家事従事者等の社会経験に乏しい者やいわゆる社会的弱者については商品取引を行うのにふさわしくない客層として取り扱われてきたことが認められる(乙九、原審における証人中山)。そして、控訴人は、前記認定のように、身体障害者、年金生活者であり、更に長期療養をしている身であって、このことは、控訴人は、被控訴人との取引開始に当たり、被控訴人の千葉支店の村山に告げていたことが認められる(原審における控訴人本人、証人中山)。このことからすれば、被控訴人としては、控訴人に対する勧誘においては、その理解力、投下資金の性格、金額、取引参入に至った経緯等について、一般人の場合と比較してより慎重さが要請されていたというべきである(原審における証人中山の証言中には、中山は、控訴人が身体障害者であることを平成三年一月まで知らなかったとの部分があるが、被控訴人内部における連絡の不手際というほかはない。)。

しかしながら、一方、控訴人は、これまで健常者と同様に家庭生活を営み、平均以上の多額の資産を蓄積し、被控訴人と取引を始める約二か月前には三井物産フューチャーズと金の先物取引を開始し、被控訴人に対しては控訴人の方から電話して商品先物取引の説明等を申し込んでいること、被控訴人と取引を開始した際のアンケート(甲四)や被控訴人調査部の石田の平成二年九月二六日段階での電話確認や問い合わせ(甲一〇、一四)においても、商品先物取引についての基本的な知識を有していることを前提とした応答をしていること、前記認定のように、被控訴人との取引開始直後には一部自ら積極的に買付注文をしたことがあること等からすると、控訴人が明らかに商品先物取引を行う不適格者であったとまではいえず、被控訴人の村山や中山が控訴人が身体障害者、年金生活者であることに十分意を用いないまま勧誘したことは慎重さを欠いたものというべきで、後記のように右事情は新規委託者保護の面で斟酌されるべきであるが、控訴人と取引したこと自体を違法であったということはできない。

そうすると、この点の控訴人の主張は理由がない。

2  説明義務違反について

前記一の2の認定によれば、控訴人は、被控訴人と取引を始める前に三井物産フューチャーズと金の先物取引を行い、そこで、三井物産フューチャーズ発行の受託準則や商品先物取引の仕組み、危険性などを解説したガイド(乙一二の一、二)を受け取り、一応の説明を受けたと推認され、同社との取引によって短期間に相当の損失を経験したことからも、商品先物取引の危険性については一定の認識を有していたと認められる(原審における控訴人本人)。また、控訴人は平成二年九月二五日、被控訴人と取引を開始するに当たり、自宅で、村山から三井物産フューチャーズの場合と同様に受託準則、商品先物取引の委託のガイド(甲二、三)を受け取り、商品先物取引の概要の説明を受け、前記一の4に認定したように、九月二六日の被控訴人調査部石田の電話による取引状況の確認においても、商品先物取引の基本的仕組みや証拠金の制度については理解している旨の返答をしていることがそれぞれ認められる。そして、控訴人の理解力が一般人より劣っていたと認めるべき証拠はない。そうすると、この点の控訴人の主張も採用できない。

3  両建て、因果玉の放置、ころがし(無意味な反復売買)、断定的判断の提供等の控訴人の主張について

前記一の5、6認定の売買経過によれば、本件取引においては両建てが多く用いられていることが認められる。ところで、両建ては余分な手数料が増えることで委託者にとっては経済的負担が増え、売建て、買建て双方の建玉をそれぞれ有利な時期に仕切ることは至難といわなければならない。そして、現実に、本件において両建てをうまく外せたといえるのは一〇月二日に購入し一一月三〇日までに仕切った売建玉一八〇枚(整理番号七ないし九)のみで、残りの取引(ごく短期間に売り買いをした整理番号一三、一四、一五の1、一六、一七、二〇ないし二二等について小幅の利益を上げたのを除く。)は、売建玉、買建玉ともに大幅な損失を出して仕切られていることが認められる。

また、控訴人と被控訴人が取引を開始した直後の平成二年九月二五日、二六日、二七日に買建てした合計一八〇枚については早目に仕切ることなく、平成三年一月八日及び二月一八日まで持ち続け(いわゆる因果玉)、結果として合計五二八二万七七〇七円の差損金を生じていることが認められる。

しかし、両建ては、取引を確定させないまま市況の様子を見ることで、難平(ナンピン)等と同様、取引の一手法として必ずしも無意味とはいえない面があり、両建てが行われたことのみをもって違法とすることはできず、因果玉の点は、被控訴人担当者の経験などからすれば、もっと有利な価格、時期等に手仕舞いができなかったかとの疑問は払拭できないが、控訴人において値上がり期待のまま最後まで仕切ることができなかった結果とみることもできないではなく、本件証拠上、被控訴人の取引の仕方を違法と評価するには十分ではない。また、売買の枚数、回数の点は、本件取引は後にみるように控訴人がこれまで商品先物取引に習熟せず、新規委託者の範囲に入ることを考慮すれば、多きに過ぎるといわざるを得ず、新規委託者保護の観点からの違法性の一事情としての評価は免れないものの、これがころがし(無意味な反復売買)に当たるとまでは本件証拠上認めるに足りない。その他、控訴人主張の違法手口に関する主張についても、これを認めるに足りる証拠はない。

4  新規委託者保護の無視について

(一) 先に述べたように、商品先物取引は、少額の証拠金で多額の取引ができる極めて投機性の強い行為であって、取引額が多額にのぼるため僅かな単価の変動により莫大な差損金を生ずる危険があるから、商品取引員が先物取引の委託を受けるに当たっては、委託者の経歴、能力、先物取引の経験の有無、期間等を考慮し、委託にかかる売買の対象、数額、価格変動の特性等にも配慮して、可能なかぎり委託者に不測の損害を与えぬよう努めるべき義務が信義則上要請されているというべきである。そして、乙九及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人を含む商品取引員の業界内部においては、かねてから主婦、身体障害者、長期療養者、年金生活者等の社会的未経験者や社会的弱者については商品先物取引に参加するのは適当ではなく、原則としてこれらの者について商品先物取引の勧誘等を行ってはならないこととされていること、更に、新規委託者からの受託に当たっては委託者の資質・資力等を考慮の上、相応の建玉枚数の範囲においてこれを行うものとされ、平成元年一一月二七日に新たな自主協定制定により廃止されたものの昭和五三年九月一日から実施された全国商品取引員協会連合会の協定〔「受託業務の改善に関する協定書」に基づく「新規委託者保護管理協定」(受託業務適正化推進協定第二号)。これら協定の存在及びその内容については当事者間に争いがない。〕では、新規委託者については三か月間は原則として建玉枚数は二〇枚を超えないことを相当とする取扱いがされてきたことが認められる。そして、右のような取扱いは、商品取引員の内部的、自主的規律とはいえ、その趣旨は、前記のような商品先物取引の危険性に鑑み新規委託者の保護の徹底と育成を図り、ひいては商品先物市場の健全な発展を目指すことにあると解せられるから、今日においても基本的な合理性を失っていないというべきで、被控訴人としても商品取引員としての立場上これらの業界団体内部の新規委託者保護のための措置の経緯と内容を踏まえ、新規委託者保護のための適切な対応を要請されていたというべきである。

なお、控訴人は、商品取引の新規委託者保護のため農水省がチェックシステムを定め、その中で特定売買(買い直し売り直し、途転、日計り、両建玉、手数料不抜けをいう。)の比率を全体の取引の二〇パーセント以内、売買回転率を月に三回以内とするよう指導することを決定し、これに本件取引は違反している旨主張する。しかし、証拠(乙二一ないし二四)及び弁論の全趣旨によれば、右農水省のチェックシステムの目的は、個々の取引員の評価のため、当該取引員と新規委託者全体の特定売買比率を計算し、それが平均の数字を一定程度上回ったときは、当該取引員に対する指導監督をするための一つの指標とするもので、個々の新規委託者からの受託行為それ自体の違法性を論議するものではないことが認められる(この点は通産省のミニマムモニタリング(MMT)における特定売買比率を報告させる趣旨も同様と解せられる。)。そうすると、新規委託者からの受託において特定売買比率が高いことは、新規委託者保護の観点からは取引員の資質が問題とされ、商品取引所や主務官庁の監督の面で一つの指標とされていることは認められるが、個々の委託者と取引員の取引において特定売買比率が高いことをもって直ちに被控訴人の勧誘行為の違法の裏付けとすることはできないから、この点の控訴人の主張は採用できない。また、農水省において、新規委託者の保護のため、一定期間売買回転率を月間三回以内にとどめるよう指導が行われたとの点は本件証拠上認めることはできないから、この点の控訴人の主張も採り得ない。

ところで、控訴人が被控訴人の村山に対して、第二種身体障害者四級で呼吸機能障害などで長期療養中の身であることを告げていたことは前記のとおりであるほか、被控訴人を通じてした取引は、前記一の5、6に認定のとおりであるが、被控訴人の村山や中山は取引を開始した直後の三日間に、いきなり合計一八〇枚の買建玉をさせ、一〇月二日には両建てのため別途一八〇枚の売建玉をさせ、以後も一日に三〇枚、五〇枚、一〇〇枚、一八〇枚等という大規模な建玉を重ね、残玉数は一番多いときで九〇〇枚(一一月二六日)に達しており、その建玉回数は、平成二年九月二五日から一二月二八日までの約三か月間で四〇回にものぼり、かかる勧誘・受託行為は、控訴人が平成二年八月中ころ既に三井物産フューチャーズとの間で金の先物取引を始めていたという経歴や、控訴人が商品先物取引について基本的な知識を有していたと認められること、被控訴人との取引開始直後には自ら積極的に三〇枚の追加買注文をしていること等を考慮しても、金の先物取引は極めて投機性が強く危険であることに照らし、明らかに行き過ぎであったと認めざるを得ない。なお、本件の建玉の大半(原判決別紙売買一覧表整理番号一ないし四〇、合計売買建玉枚数一六〇〇枚)は取引開始後僅か三か月の間に行われたものであるところ、それが結局一億円を優に超える莫大な損失をもたらしていること自体、本件取引の勧誘・受託行為が不適切であったことを示しているというべきである。

そして、前記のように、被控訴人ら商品取引員の内部的自主的規則においては、新規委託者に対する勧誘・受託に当たっては、その資質、能力に応じて「相応の範囲」内にとどめることが取り決められてきたことが認められるところ、前記のような建玉の回数や枚数に照らすと、被控訴人らの控訴人に対する勧誘・受託が右「相応の範囲」内であったとは到底評価することはできず、前記一の4に記載のように、被控訴人調査部の石田弘美は、平成二年九月二六日に、営業の村山に対し、控訴人の場合商品先物の経験が短期間であることから急速に受託枚数を増やさないよう指示していた(乙八)にもかかわらず、その後村山や中山が右指示に従って控訴人の建玉の枚数をできるだけ少なめにするなどの措置をとった形跡はみられない。

そうすると、被控訴人の村山及び中山は、控訴人が身体障害者で長期療養を要する身でかつ未だ商品先物取引の経験に乏しい者であることを知りながら、新規委託者から社会的に許容される限度を著しく超えた過量の先物取引の勧誘・受託をし、その結果控訴人に多大な損害を生じさせたというべきであるから、被控訴人の行為は、商品先物取引を勧誘・受託するに当たり信義則上要請される新規委託者の保護義務に違反し、不法行為を構成するというべきである。

(二) 被控訴人は、「控訴人は被控訴人に対する調査票(甲一三の一)において、『チャート(ゴールド―円相場)の日足、五日〜一〇日の短期移動平均線を毎日送ってほしい。』等の要望を出すなど商品先物取引については通常以上に詳しい知識を有し、本件取引は、すべて控訴人の注文、指示に基づくものであり、資質・資力においても控訴人がこれらの建玉を行うことに問題はなかった」旨主張し、中山との電話のやりとりを反訳したという反訳書〔一〇月五日付(甲一六)、一〇月九日付(甲一七)、一一月二〇日付(甲一八)、一二月七日付(甲一九)、一月八日付(甲二〇)〕を提出する。

しかし、甲一三号証の一の記載のみでは、控訴人が商品先物取引について通常以上に詳しい知識を持っていたと認めるに足りない。また、被控訴人提出の右反訳書中には、たしかに控訴人が中山と相談しながら独自の判断で取引しているかのような内容が含まれているが、被控訴人はその内容について控訴人が強く要求しているこれらの会話を記録したテープそのものを提出せず、このほかにも数十回に及ぶ注文、仕切りの都度多数録取されたであろう中山と控訴人との会話記録についてはその提出をしない(控訴人の原審平成八年二月一六日付準備書面、当審平成九年八月八日付準備書面、被控訴人の原審平成八年四月一〇日付準備書面、乙四一、原審における証人中山好史、控訴人本人参照。)から、これらの文書の証明力をさほど評価することはできず、結局控訴人と中山に全体としてどのような会話が交わされたかは不明というほかはない。さらに、被控訴人からは、被控訴人調査部石田弘美が平成二年一一月二八日に控訴人を訪問した際の記録として、控訴人が「一億円はなくしてもよいと思っている、三井物産フューチャーズに対しては七〇〇〇万円の損をしたが同社には一つも文句を言ったことはない。」などと述べていた旨の訪問記録(甲二一)が提出されているが、それ自体正常な会話とは考えにくいのみならず、甲二一号証については被控訴人自身その証拠説明において証拠価値が低いことを認めつつ参考までに提出するとしたものである(なお、甲四(アンケート)や甲二一中には、控訴人がこれまでの経歴、病歴等から人に侮られまいとして、ことさら資産をひけらかし、社会経験が乏しかったにもかかわらず政治経済や商品取引の知識が豊富であるかのように振る舞う傾向にあったことが随所に窺えるのであり、このことは被控訴人においても容易に看取し得たところと推認される。)。

そうすると、被控訴人提出の前記各証拠を考慮しても、控訴人が経験不足で商品取引の仕組み等について一定期間は新規委託者として保護される必要があったとの前記認定を左右しないというべきである。

5  損害及び過失相殺について

控訴人が、その主張のとおり、委託証拠金相当の合計一億〇二九九万円の損害を受けたことは前記一の7で認定したとおりである。そして、その損失を生じるに至った経緯については、控訴人が商品先物取引の仕組みや危険性については一定の知識を持ち、短期間ながら三井物産フューチャーズにおける金先物取引を通じて現実の危険を経験し、それ故に自ら求めて被控訴人に接触したにもかかわらず被控訴人担当者の説明を吟味せず、また自身がその生活暦から社会経験に乏しいことを直視せず、むしろ無職であるのに鉄道評論などの執筆者であるかのように見栄を張り、政治経済や商品先物取引に対する知識や多額の資産を誇示するような態度をとった上、多分に安易な投機に対する興味から当初は一部自ら積極的に注文しその後も短期間に大量の枚数を商品取引の勧誘に応じるなど、控訴人にもかなり落度があつたことは否定できない。しかし、また被控訴人においては、本件の事案解明のために提出が期待され、自ら提出の意思を示していた前記の録音テープ(ボイスレコーダー)ないしその反訳文を提出しないことは、本件の損害の負担を決するに当たって看過できないものと考える。その他、本件不法行為の態様等本件における諸般の事情を考慮して、控訴人の受けた損害のうち五割を過失相殺することが相当である。そうすると、控訴人が被控訴人に請求できる損害額は五一四九万五〇〇〇円となる。

第四  結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求は全部理由があるから認容すべきであり、控訴人の反訴請求は、金五一四九万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の平成三年九月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余の部分は理由がないから棄却すべきである。

そこで、控訴人の反訴請求を棄却した原判決主文第二項を変更して、被控訴人から控訴人に対し、金五一四九万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を命じ、控訴人のその余の請求を棄却し、控訴人のその余の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井史男 裁判官大島崇志 裁判官豊田建夫)

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